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最近辛いと思う身近なこと [メンタル]


TVってつくづく余裕のある人に向けた娯楽だと思う。

ニュースを観ていても真面目に働いている人しか映らない。
それを観ていると、責められているような気分になってきてザッピングが止まらくなる。
とにかく不安で悲観的になってくる。
昔はエンタメの様に日々のニュースを見ていたのだけど。

バラエティを観ていてもみんな一生懸命に働いている。
そればかりに意識が行って、笑っていられる余裕がない。
CMだってそうだ。
就活をネタにしたものなんて観たらプレッシャーが凄い。
社会人がテーマの番組を観ると、自分が出来るだろうかと不安になる。

もし病気じゃなければ、無職でも明るく暮らせるものなのだろうか??とか思う。
逆に、TVが楽しめるような状況になれればそのときはきっと健康なんだろう。

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昨日と今日と。 [メンタル]


昨日
新宿にTMSを受けに行く。
生憎の雨だが傘を指して歩く気分は悪くない。
少しでも日光を浴びるために空を見ることを意識しながら歩く。
雨の日でもルクス的には相当明るいという話だ。

帰ってきて軽く筋トレをしつつ、散髪。
就活を意識して短めにした。短い髪型は相変わらず似合わない気がする。

Amazonで玉露を注文する。
カテキンやテアニンには相当な抗うつ効果があり、玉露にはテアニンが豊富らしい。
↓参照
http://blog.livedoor.jp/beziehungswahn/archives/40799686.html

4~8週間は飲み続けてみたい。

燃え殻著 小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』を読み終わる。
最終章に感情が揺り動かされる。
自分も約束を守るように就活に動いている様に思う。

就活といえば、履歴書の内容も面接も全く自信がない。
具体的になってくるほど不安と焦燥が強くなる。

仲直りした学友と電話。少し気が晴れる。


今日
連日新宿にTMS。
今日は曇り空。雨がないと却って空を見上げない気がする。

玉露が届いたので無印にティーポットを買いに行くが、茶こしは別売りだった。
すぐに買いに行く気になれない。とか言ってると社会人になれない気がする。
とりあえず茶葉ごと飲んでみたら気分が晴れてきた。カフェインのせいだろうか。。

これからジョギングをして、出来上がったリクルートスーツを取りに行こう。

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悲しみと喜びと共に人生は続く。 [メンタル]


失恋して一ヶ月がたとうとしている。
悲しみが次第に自己受容されていく。
好きな人と3年付き合えたのは幸せだったんじゃないんだろうかと考え始める。
そうやって克服していく事にも寂しさがあるが、人生は留まろうとはしない。

先日、喧嘩別れした学生時代の旧友から久しぶりに連絡があった。
お互い反省するところがあるのは一致していた。関係は修復される。
「このお話には続きがあります」が続いていくのが人生なのかもしれない。
人生には希望があるのだ、と思い出した。

昨日は早めに病院へ行ってデパスを貰う。
ベンゾ系は離脱が有名だが、私にはよく効く。
以前メインの病院で処方されたコンサータを飲むより頭が冷静になり、不安が消える
デパスとも長い付き合いだ。

その後近くの職場に働く友人に会いにバイクで雨中を走る。
昼食を食べ、近況を報告し合う。

午後は雨でジョギングも出来ない。
ジョギングの効果については『脳を鍛えるには運動しかない』を近いうちにまとめたい。
ならば今のうちに、と就活のためのスーツ等一式を購入した。

帰宅した後スコセッシ映画『沈黙』を観る。
遠藤周作の原作も読了済みだが、様々なテーマが浮き上がってくる。
師と主人公が再開したときの会話。
彼は日本を沼と呼ぶ。キリスト教はこの国に伝わると変容してしまうと。
キリスト者であった遠藤がこの会話を書いた意味。
キチジローの弱いとも強いともいえる生き方。
彼は最後、信仰を捨てていなかった。そして主人公を巻き込むこともしなかった。

夜はNHKのインパール作戦を観る。
ラストの生き残った斎藤元少尉の慟哭には顔がくしゃくしゃになるほどの貰い泣きをした。
トップが庶民を使い捨てにする社会構造は現代もまるで変わっていないと思った。
日本人の自己犠牲精神や利他的精神は一見美しいが、緩やかに全体主義へと繋がりやすい。
個人の幸福など顧みない社会は当然私達を幸福にはしないだろう。

正しさに絶対を求めると不幸の輪が広がる。
正しさは相対的なもので、個人によってまるで違うのだ。
真実は解釈の数だけ存在する。
とはいえ正しさは必要だと思うが、同時に正しさには常に温かさが必要だと思う。
論理には情緒が、情緒には論理が必要であってほしい。
相対的に弱者、強者に分かれ、どちらになろうともそれは忘れないでいたい。

近いうちに元彼女と会う予定がある。
何を喋るかは何も考えていないけれど、雨が降らなければいいな、とは思っている。

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去年、「清水富美加(千眼美子)」問題について考えてみた。 [メンタル]

清水富美加問題。

意見をいう各人、絶対的メンタル弱者という存在を想像して自分・あるいは世間のそれに当てはまらないから、本人はそれほど弱ってないだろうと指摘する。

本当は相対的なもの、つまり各人によってキャパシティが違うだけなのにね。

これは差別の構造とも似ていて、
みな一様に絶対的弱者=絶対的強者というものを無意識に想像し既定している。
実際は、社会は構成として多数派と少数派に分かれる為、
少ないほうが差別されるという話に過ぎない。

つまり我々は相対的に弱者(少数派)と強者(多数派)になってるのであって、
結局のところ絶対的弱者(絶対的強者)など存在しない。
絶対的弱者(差別されるに足る理由のある弱者)など存在しない。

強いていうならこの構造に乗っかって、
自分より下の者を見付けて差別する人間がそれだろう。
彼等はこの構造が転換されうる(相対的な為、自分が少数派にまわる)という想像力が無い。

2016年

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それから。 [メンタル]

失恋してから最初に驚いたのは不眠と過眠がぶり返したことだった。
想像以上に精神に影響があったらしい。

寝て、目が冷めた瞬間から自分に対する無価値感と希死念慮が襲ってくる。
再び寝逃げするか、無理やり散歩にでるか以外は横になってウンウン唸っているしか無い。

TMSを受け始めたあたりから視野が広がり、就活も考え、薬も睡眠導入剤のみになっていたが
こんなタイミングで失恋するとここまで酷くなるとは。

失恋で死を選ぶ人間は歴史上無数にいるわけだから、それほど驚くのもおかしいのかもしれない。

仕方がないのでメインのクリニックで相談し、寝る前のセロクエルと寝起きのエビリファイが処方されたが、
それほど効果を感じるわけではない。
これでデパスが無ければただの廃人である。

最近一番感じたのは、人が本当に凹んだ時には、かつて相談にのって助けた人物は全くあてにならないということだった。
驚くべきことは、決して彼らが未だに凹んでいるということではなく、むしろ幸せな環境に近い。
自分が幸せになった今、かつての借りなどはどうでも良くなってしまうようだ。
人と人との関係というのは想像以上にギブアンドギブ、テイクアンドテイクらしい。

これまで関係が薄かった人たちに励ましてもらうことが多かったのもまた驚きだった。
彼らにはとても大きな部分で救われた。

とはいえ、私の交友関係はとても狭いので幅もまた狭いのが寂しいのだが。
こういった恩は忘れまいと思うのである。
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タグ:うつ 失恋
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失恋とうつ。 [メンタル]

しばらく書き込みませんでした。
正確には書き込めなかった、というほうが正しい。

というのも、3年間付き合った女性と別れたからである。

これも正確を期するならば、フラれた、という表現のほうが正しいだろう。

原因は浮気だとかでもなんでもなく、彼女にとって自分に好意を持てなくなったといったところのようだ。

私は大学入学が遅く、24から休学を挟みつつ(病歴を振り返る、を参照)
大学へと通っていて、その時に知り合った女の子だった。

彼女は都内の某市役所へと就職した。
自分は研究へいくんだか就職するんだか、
病気と付き合いながら曖昧な日々を送ってしまっていた。

その間に世間の年齢との乖離が自分の中で大いなる齟齬となっていったのは想像には難くない。
しかし、付き合っていてそういった、本人曰く深い話は3年間でほとんど出来なかった。
彼女はできるタイプでは無かった。

そんな訳で、別れる時に自分が気にしている事を全て言われてしまった。
付き合うなら+3歳までだった。
ふわふわしてるのが嫌。

そして一番きつかった話が病気の受容に関する話であった。

彼女には姉がいる。姉はてんかんであるらしい。
これも3年付き合ってて最近聞いた話であったのだが。

曰く、姉ですら面倒くさいのに、
付き合ってる人がそういう病気なのは嫌。

これにはショックを受けた。仮にも地方公務員がこのような価値観なのか。悲しかった。話はまだ続いた。

ニ年くらい前に病気の話をされた時、
私、そうなんだ~って出来るだけ普通に返事したでしょう?あの時内心は全然違かったんだよね。

もう何も言えなかった。何をした訳ではないのに、別れる時ってここ迄相手をえぐり倒すものなのか。

彼女は私は言うこと全部言ったから、あとは言ってね!
と、ニコっと言った。
何を言えというのだろうか?これまでありがとう?余りにもバカバカしかった。

今週末には職場のホームであるFC東京戦を同期と観に行くんだ、と楽しげに話していた。
つきあい始めの頃、サッカー観戦に誘うやいなや嫌と拒否された事を思い出したが、うまく言葉には出来そうになかった。

私は失恋という言葉にはなにかロマンチシズムが隠れていると思っていた。
然し失恋とは裏切りと不可分で、ロケットエンジンの虚無的な切り離しだった。

思えば一度も好きと言ってもらったことがない、耐えた3年間だった。

これも最後くらいに聞いたのだが、
彼女の両親は仲が悪いらしく、しっかりした仲の良い家族に憧れているらしい。
初耳である。そして思った。君には不可能だ。


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2017/08/06 追記


タグ:うつ 失恋

うつを治すための糖質制限から4週間 [メンタル]

こんばんは。

糖質制限から4週間が経過しました。
わかりやすい効果は得られないものの、抗うつ薬の処方をやめて
日中落ち込むこと無くやれてるのは糖質制限の影響か、はたまたTMSの影響か。
確証はありません。

前回の診察では寝られないということでベルソムラがMAXになり、それとロゼレム。
リフレックスが戻りましたが、もう飲む気にはなりません。

当たり前というか、ベルソムラは量が増えても入眠には影響なし。
リフレックス、というか抗うつ薬にはもううんざりなので飲みません。

どうしても朝方まで寝付けないので、本日、別の医院にてデパスとハルシオンを処方してもらいました。

リフレックスを飲むと、眠気が来るのはわかっています。しかし、対症療法と副作用にはもううんざり。

果たして、抗うつ剤で睡眠を確保するのが良いのか、ベンゾ系とは言え入眠剤だけで眠るのが良いのか。

医学的見地でどちらが良いか、はわかりません。

TMSも受けているので、受けながら入眠剤だけで眠られたらそれがベターかな、と今は思っています。

現状ではエゾウゴキ酒を飲みつつ、抗うつ作用の強い薬とはオサラバして、
睡眠導入剤でしのいでいくのが良いのかな、と思っています。

そうして、TMSの純粋な効果を測っていきたい。


とにかく、最後の抗うつ剤Nassaをやめて一週間経ちましたが、ひどい落ち込みはいまだありません。
しかし、朝方まで眠られず、夕方まで起きられず、夜に起きたときは鬱々としがちです。
付き合いで深酒をした時はなかなか二日酔いのうつが一日酷いですがそれくらい。

あとはTMSを受け、エゾウコギを飲みつつ、
鬱っぽくなく日中だろうが夜中だろうがあるていど陽気に要られたら、そこが寛解かなと思います。
進展が無ければ、漢方薬局や鍼灸療法を試してみたいと思っています。

というわけで今しばらく経過を見ていきたいと思います。

今日買った本:『うつが治る食べ方、考え方、すごし方』廣瀬久益
      :『医者の9割はうつを治せない』千村晃



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完全復職率9割の医師が教える うつが治る食べ方、考え方、すごし方

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  • 出版社/メーカー: CCCメディアハウス
  • 発売日: 2015/01/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



医者の9割はうつを治せない

医者の9割はうつを治せない

  • 作者: 千村晃
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2017/07/02
  • メディア: 単行本


2017/08/06 追記


糖質制限はじめました。エゾウコギも。 [メンタル]

眠れないので、スマホから。
薬物療法に限界を感じた私は、最近とにかく色々なうつ病に対する療法を試している。

まずは糖質制限。
きっかけは、noteの草木さんの漫画を読んだことによる。

まず漫画がうまい。そこかい。
安彦良和を彷彿とさせるタッチである。
それ故にスラスラと読める。読ませてくれる。
とにかく読んでみてほしい。

草木さんはコメントなどによると、
双極性障害
病歴2年位
希死念慮有り
だったよう。

糖質制限開始にあたり、一気に断薬したらしい。
双極性の薬はシャンビリとか大丈夫なのだろうか。

ともかく、一日30g以下に抑える糖質制限を行い、一月程度が経過した後に
状態が好転したらしい。

良くなると聞けば薬以外は何でも試したいモードなので、
早速糖質制限を開始している。
なお、薬は主治医に相談の上減薬中であり、抗うつ薬はリフレックスのみになっている。
イフェクサーを止めて5日程度経過したがシャンビリはまだある。

糖質制限を始めてから二週間ちょっと経過しているが、
大きな変化は無いものの、
希死念慮や絶望感、不安感は大きく取り除かれている実感がある。

しかし、これ自体が糖質制限の影響なのか、週1、2回でここまで6回程度受けたrTMSの効果なのかは釈然としていない。

漫画に描かれているように、はやく気持ちのいい朝を迎えたいものだ。

エゾウコギは、精神科医のkyupin先生のブログ

を参考に、5日前にホワイトリカーに漬け、
2,30日漬け込みが終わるまでは
鍋で煎じて朝に飲むようにしている。
味は鉛筆食ってるみたいな味。
いかにも効果がありそうでいい。

kyupin先生によると煎じるよりはリカーに漬けたほうが
有効成分が出ている感じがするとの事で、
リカー漬けが終わるのが待ち遠しい今日このごろなのであります。

しかし、イフェクサーをMAXから減らし始めたあたりで
頑固な不眠と過眠がやってきたのはしんどいので、
今度の診察では非ベンゾ系の睡眠薬を出してもらおうと思っている。

いまのところ前述の療法のおかけかメンタル面はかなり健康なのが救いか。


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うつの病歴を振り返る。その2 [メンタル]

22~23歳。
パキシルを三環系に替えていたし、初めて抗うつ薬を出した病院には、行く気にはなれなかった。
今思えば、投薬の変化を前進と捉えたかったのだろう。

隣町の病院に通いながら、地元の、と言っても車で30分は掛かる町の東進衛星予備校に通い始める。
確か、薬はアモキサンをMAX量飲んでいたりしていたと思う。
アモキサンは確かに抗うつ効果があったが、副作用の便秘が酷かった。
出ることは出るんだけど、兎の糞のようなコロコロ。
我慢しながら勉強をする日々。
この頃は中退した高校時代の友人と時々遊んでいた。

24歳。
某都内の大学に合格し、再び上京。
薬は地元から送ってもらう。薬の内容は変わらず。
抗うつ薬はアモキサン、睡眠薬はマイスリーかアモバンとデパスが出ていた記憶がある。
アモキサンには意欲を出す効果もあるのは有名だけど、自然な意欲と言うよりは、薬に出されてる意欲、
といった感覚が強かった。
お陰でちょっとした無茶が積み重なり、入学から半年で無念の休学。
精神力も体力もまるで日常に追いつかなかった。

再び実家に帰省し、療養する日々。
病院も症状の好転を期待し変更。これが不味かった。
はじめは色々と話を聞いてくれる先生かと思っていたが、何回目かくらいの診察で急に
語気を荒げて、恫喝じみた事を言われる。
これは流石にショックがあった。次回は親といったが同様の診察で、転院を決定。
こうやって精神的に自信がない状態の患者をコントロールするタイプのサイコな医者もいるのだ、という経験にはなったが…。

24~27歳。
親の知り合いであった臨床心理士さんの紹介で、車で2時間程度掛かる地方都市の駅近くの病院へ。
そこに通いつつ数年が経過。
薬はSNRIのサインバルタと、寝る前のデパスとハルシオンといった感じに落ち着く。
動けるときには地元の川沿いをジョギングしたりしつつ、復学へ向けて体力づくりをしていた。
ジョギングは大体30~90分を目安にやっていた。
当時は体力づくりのつもりであったが、最近『脳を鍛えるには運動しか無い』という本を発見。
この本によると、ある程度の強度の有酸素運動によって脳のBDNF因子が刺激され
うつ状態がよくなるという論文が何本もあるらしい。
体力と精神力はある程度の相関関係にあるようだ。

28歳~現在。
入学時の同級生が四年生の年に復学し、三度都内で一人暮らし
近くに弟も住んでいたので色々と助かる日々。
ペット可物件だったので、飼い猫と暮らしながら通学。
学校に通うなど、日々、何か目的があるというのは精神的には良いものだと思う。
なんとか、と言うよりは無理やり卒論も提出でき、無事卒業。
病院は学校の近場へ変更。
現在、投薬面はほぼ変わらず。精神面は良くなったり悪くなったり、な日々。


こうして振り返ると、なんと14年程度、ほぼ毎日薬を飲んでいることに驚く。
それでいて症状は良くなったり悪くなったり。
遅い気もするが、最近は薬物療法には限界があるように思い始める。
というわけでこれからは薬物以外の代替療法を模索していきたいと思います。
現クリニックで先生に減薬を希望し、始めたので、これから基本的にはなんでも試していきたい。


以下列挙

運動療法(BDNF)
光療法
栄養療法(サプリメントのSAMe 5-htp等)
糖質制限 https://note.mu/kusaki
漢方・鍼灸療法
rTMS(磁気刺激両方)
tDCS(電気刺激療法)
ECT(電気ショック療法)

現在の投薬状況
朝・エビリファイ3mg
夜・リフレックス15mg ベルソムラ10mg ロゼレム5mg

現在試している療法
rTMS・週ニ程度
糖質制限
運動療法

現在考えている療法
漢方・鍼灸療法

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脳を鍛えるには運動しかない!  最新科学でわかった脳細胞の増やし方

脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方

  • 作者: ジョン J. レイティ
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2009/03/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



タグ:運動 うつ 療法

うつの病歴を振り返る。 [メンタル]

ざっと病気になってからの人生を振り返ってみたい。
最近、薬物療法の限界を感じている。

まず、そもそも今思えば睡眠障害みたいなものがあった。
具体的には夜眠れない・朝起きられない。
そのせいで中学は半分くらいしか行っておらず、高校は一年で中退。
ほぼ引きこもりの生活を続けていた。
深夜ラジオと小説が日々の楽しみだった。

19歳くらいから薬を飲んでいる。
きっかけは身体症状だった。

動悸とものすごい全身の倦怠感が襲ってきて、座っても居られなくなる。
外食が全く美味しくなくなる。カツ丼が草鞋食ってるみたいになった。草鞋食ったことないけど。
あと気づいたら体重が5kg減ってる。

あれ?これってやばい病気じゃない?白血病とか?と本気で不安になって地元の総合病院の内科へ。
血液検査と尿検査、動悸があるということで心電図検査を行う。
心電図検査は一日体に貼ってデータをとるもの。
しかしどの検査も全く異常なし。
原因がわからないのでリーゼ(だったと思う)が出される。
何の変化もなし。
次の診察でパキシルが出される。

当時はすでにネットも繋がっていたのであらかじめ薬を調べて飲んでいたのだけど、
思いっきり「抗うつ薬」と表示が。
いやー、何の知識もないけどうつ病じゃないだろー、、と思いつつ
夜にパキシルを飲んだら20分経たずに
全ての身体症状がピタリとおさまる。あれー。
翌日から多幸感まで出てくる。2週間くらいでおさまるけど。
その後の診察から同病院の精神神経科へと移動し、パキシルを飲む生活に。
先生に病名を聞いてもなんとも言えないらしく濁される。

精神的な症状は無しで22歳までそんな状況を維持しながら、
沸々と大学に行きたいと思いはじめ、東京一人暮らししつつ予備校に通うことに。
せっかくだから引っ越しして数カ月後に、病院を近くの中野に変えてみようと思い立った。
地元の病院から紹介状を貰い、予約して中野のクリニックへ。

紹介状には病名が「適応障害」とあった。
中野の医師は「適応障害なんて病気は無いよー。薬変えるから良くなるよ!」みたいなノリであった。
そんなもんか、と思いつつすべて医者に任せていた。素人だし。
また、当時パキシルについて悪評がとても多く、医者もあまり好きな薬では無いらしかったので
パキシルをやめて、別の薬に変えたのだけど、いまいち覚えていない。
おぼろげながら「セロクエル」と「ワイパックス」は飲んでたのを覚えている。
薬から考えると統合失調症と診断していたのだろうか?
たしかに人の視線が気になるとか言ってたし。(視線恐怖症的な意味合いで)

診察直後から2週間は何故かめちゃくちゃ元気になる。
予備校でも色んな人と話せるし、予備校に行くまで汗ダラッダラで体はクッタクタだったのに
あまり疲れないし汗もあまりかかなくなる。
しかし本の類は殆ど読めなくなる。
今思えば躁状態だったのかもしれない。

2週間位経つと、理由もなくものすごい激鬱が襲ってくる。ていうか希死念慮?
身体症状しかなかったので初めての精神的な症状だった。
中央線沿線に住んでいたのだけど線路に飛び込んだら楽だろうなと思ったり
山手通りで信号待ちしてる時に車突っ込んでこないかな、と思ったり。
この時期はあまりにもしんどかった。

その後何度か通院して薬がうつ病向けに変わる。
そこの医者は最低限量の投薬で効果的な薬を探す、という感じだったので
兎に角色々な抗うつ薬を最低限量で試していた。
三環系、四環系などだいたい試したけど、鬱々とした気持ちは変わらず。
結局一年持たずに実家に引き上げることになった。

それからしばらくは実家から月に一度か二度中野に通う生活。
なかなかよくならないのでしばらくして(記憶が曖昧)、病院も実家近くに変えることに。

(続く)
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