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2017年07月| 2017年08月 |- ブログトップ

最近辛いと思う身近なこと [メンタル]


TVってつくづく余裕のある人に向けた娯楽だと思う。

ニュースを観ていても真面目に働いている人しか映らない。
それを観ていると、責められているような気分になってきてザッピングが止まらくなる。
とにかく不安で悲観的になってくる。
昔はエンタメの様に日々のニュースを見ていたのだけど。

バラエティを観ていてもみんな一生懸命に働いている。
そればかりに意識が行って、笑っていられる余裕がない。
CMだってそうだ。
就活をネタにしたものなんて観たらプレッシャーが凄い。
社会人がテーマの番組を観ると、自分が出来るだろうかと不安になる。

もし病気じゃなければ、無職でも明るく暮らせるものなのだろうか??とか思う。
逆に、TVが楽しめるような状況になれればそのときはきっと健康なんだろう。

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昨日と今日と。 [メンタル]


昨日
新宿にTMSを受けに行く。
生憎の雨だが傘を指して歩く気分は悪くない。
少しでも日光を浴びるために空を見ることを意識しながら歩く。
雨の日でもルクス的には相当明るいという話だ。

帰ってきて軽く筋トレをしつつ、散髪。
就活を意識して短めにした。短い髪型は相変わらず似合わない気がする。

Amazonで玉露を注文する。
カテキンやテアニンには相当な抗うつ効果があり、玉露にはテアニンが豊富らしい。
↓参照
http://blog.livedoor.jp/beziehungswahn/archives/40799686.html

4~8週間は飲み続けてみたい。

燃え殻著 小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』を読み終わる。
最終章に感情が揺り動かされる。
自分も約束を守るように就活に動いている様に思う。

就活といえば、履歴書の内容も面接も全く自信がない。
具体的になってくるほど不安と焦燥が強くなる。

仲直りした学友と電話。少し気が晴れる。


今日
連日新宿にTMS。
今日は曇り空。雨がないと却って空を見上げない気がする。

玉露が届いたので無印にティーポットを買いに行くが、茶こしは別売りだった。
すぐに買いに行く気になれない。とか言ってると社会人になれない気がする。
とりあえず茶葉ごと飲んでみたら気分が晴れてきた。カフェインのせいだろうか。。

これからジョギングをして、出来上がったリクルートスーツを取りに行こう。

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悲しみと喜びと共に人生は続く。 [メンタル]


失恋して一ヶ月がたとうとしている。
悲しみが次第に自己受容されていく。
好きな人と3年付き合えたのは幸せだったんじゃないんだろうかと考え始める。
そうやって克服していく事にも寂しさがあるが、人生は留まろうとはしない。

先日、喧嘩別れした学生時代の旧友から久しぶりに連絡があった。
お互い反省するところがあるのは一致していた。関係は修復される。
「このお話には続きがあります」が続いていくのが人生なのかもしれない。
人生には希望があるのだ、と思い出した。

昨日は早めに病院へ行ってデパスを貰う。
ベンゾ系は離脱が有名だが、私にはよく効く。
以前メインの病院で処方されたコンサータを飲むより頭が冷静になり、不安が消える
デパスとも長い付き合いだ。

その後近くの職場に働く友人に会いにバイクで雨中を走る。
昼食を食べ、近況を報告し合う。

午後は雨でジョギングも出来ない。
ジョギングの効果については『脳を鍛えるには運動しかない』を近いうちにまとめたい。
ならば今のうちに、と就活のためのスーツ等一式を購入した。

帰宅した後スコセッシ映画『沈黙』を観る。
遠藤周作の原作も読了済みだが、様々なテーマが浮き上がってくる。
師と主人公が再開したときの会話。
彼は日本を沼と呼ぶ。キリスト教はこの国に伝わると変容してしまうと。
キリスト者であった遠藤がこの会話を書いた意味。
キチジローの弱いとも強いともいえる生き方。
彼は最後、信仰を捨てていなかった。そして主人公を巻き込むこともしなかった。

夜はNHKのインパール作戦を観る。
ラストの生き残った斎藤元少尉の慟哭には顔がくしゃくしゃになるほどの貰い泣きをした。
トップが庶民を使い捨てにする社会構造は現代もまるで変わっていないと思った。
日本人の自己犠牲精神や利他的精神は一見美しいが、緩やかに全体主義へと繋がりやすい。
個人の幸福など顧みない社会は当然私達を幸福にはしないだろう。

正しさに絶対を求めると不幸の輪が広がる。
正しさは相対的なもので、個人によってまるで違うのだ。
真実は解釈の数だけ存在する。
とはいえ正しさは必要だと思うが、同時に正しさには常に温かさが必要だと思う。
論理には情緒が、情緒には論理が必要であってほしい。
相対的に弱者、強者に分かれ、どちらになろうともそれは忘れないでいたい。

近いうちに元彼女と会う予定がある。
何を喋るかは何も考えていないけれど、雨が降らなければいいな、とは思っている。

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アイコス。 [煙草]


旧型アイコスが中々閉まらなくなったので、
ゴリゴリ掃除していたら加熱ブレードがポキっとイッてしまった。。

このアイコスを買ったローソンに在庫があるか行ってみたら無いです。とのこと。。

明日ちょっとした旅行もあるし、どうしようと思い近所の某コンビニの店長のおじさん(仲良し)にダメ元で聞いてみると
耳元で「あるよ…!」(・o・)!

奥から新型アイコスを持ってきてくれました。
なんでも転売防止の為に、電話では無いっぽく言っているらしい。

ひょんな事から新型アイコスが使えるようになりました。
もう壊さないようにしないと。。

近所の人と仲良くしてるといいことがあるなあ、という出来事でした。

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タグ:アイコス
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少し前、更に「清水富美加(千眼美子)」問題について考えてみた。 [その他]

果たして彼女は洗脳された可哀想な少女だろうか。

攻殻機動隊SACというアニメーションドラマにこんな話がある。
親の宗教を押し付けられていた子供が、SF的ギミックを使って
両親にその復讐を果たそうとするオイディプスコンプレックスの類型のような話だ。

この話を観て、特別な難しさは覚えないし
ナチュラルに子供に同情をおぼえる。
何故だろうか。

それは基本的人権などの、近代的な価値が現代社会において、人口に膾炙しているからだと思う。

そうすると、近代的な諸価値を人々が手にしていなかった
中世のキリスト教的価値に支配された時代を想起する。

もしあの時代に社会に普遍的な価値、つまりはキリスト教的価値を否定する生き方を選択したなら、それは社会的な、或いはそのまま肉体的な死を意味した。
もし今がそんな時代であったなら、攻殻機動隊の話に非常にリアリティを感じたかもしれない。

しかし、多数派が少数派を迫害するという風潮は未だこの社会においてもまるで否定されきっていない。
その一例がこの問題では無いだろうか。

その意味では皆、未だに絶対的価値というものを信じているのかもしれない。
日本において、神は死んではいないのだ。

社会に翻弄される彼女の生き方に同情している。
両親の宗教を受け継いだ彼女は、
その宗教的価値と世間とのギャップに相当苦しんで、今の生き方を決断したはずである。

彼女の問題を考えることは、自分の価値観を考えるのみならず、
同時に現代社会の問題を考えることでもあるように思う。


(尚、私は幸福の科学のシンパでもなければ清水富美加の熱烈なファンというわけではありません。)

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去年、「清水富美加(千眼美子)」問題について考えてみた。 [メンタル]

清水富美加問題。

意見をいう各人、絶対的メンタル弱者という存在を想像して自分・あるいは世間のそれに当てはまらないから、本人はそれほど弱ってないだろうと指摘する。

本当は相対的なもの、つまり各人によってキャパシティが違うだけなのにね。

これは差別の構造とも似ていて、
みな一様に絶対的弱者=絶対的強者というものを無意識に想像し既定している。
実際は、社会は構成として多数派と少数派に分かれる為、
少ないほうが差別されるという話に過ぎない。

つまり我々は相対的に弱者(少数派)と強者(多数派)になってるのであって、
結局のところ絶対的弱者(絶対的強者)など存在しない。
絶対的弱者(差別されるに足る理由のある弱者)など存在しない。

強いていうならこの構造に乗っかって、
自分より下の者を見付けて差別する人間がそれだろう。
彼等はこの構造が転換されうる(相対的な為、自分が少数派にまわる)という想像力が無い。

2016年

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それから。 [メンタル]

失恋してから最初に驚いたのは不眠と過眠がぶり返したことだった。
想像以上に精神に影響があったらしい。

寝て、目が冷めた瞬間から自分に対する無価値感と希死念慮が襲ってくる。
再び寝逃げするか、無理やり散歩にでるか以外は横になってウンウン唸っているしか無い。

TMSを受け始めたあたりから視野が広がり、就活も考え、薬も睡眠導入剤のみになっていたが
こんなタイミングで失恋するとここまで酷くなるとは。

失恋で死を選ぶ人間は歴史上無数にいるわけだから、それほど驚くのもおかしいのかもしれない。

仕方がないのでメインのクリニックで相談し、寝る前のセロクエルと寝起きのエビリファイが処方されたが、
それほど効果を感じるわけではない。
これでデパスが無ければただの廃人である。

最近一番感じたのは、人が本当に凹んだ時には、かつて相談にのって助けた人物は全くあてにならないということだった。
驚くべきことは、決して彼らが未だに凹んでいるということではなく、むしろ幸せな環境に近い。
自分が幸せになった今、かつての借りなどはどうでも良くなってしまうようだ。
人と人との関係というのは想像以上にギブアンドギブ、テイクアンドテイクらしい。

これまで関係が薄かった人たちに励ましてもらうことが多かったのもまた驚きだった。
彼らにはとても大きな部分で救われた。

とはいえ、私の交友関係はとても狭いので幅もまた狭いのが寂しいのだが。
こういった恩は忘れまいと思うのである。
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タグ:うつ 失恋
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