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うつの病歴を振り返る。 [メンタル]

ざっと病気になってからの人生を振り返ってみたい。
最近、薬物療法の限界を感じている。

まず、そもそも今思えば睡眠障害みたいなものがあった。
具体的には夜眠れない・朝起きられない。
そのせいで中学は半分くらいしか行っておらず、高校は一年で中退。
ほぼ引きこもりの生活を続けていた。
深夜ラジオと小説が日々の楽しみだった。

19歳くらいから薬を飲んでいる。
きっかけは身体症状だった。

動悸とものすごい全身の倦怠感が襲ってきて、座っても居られなくなる。
外食が全く美味しくなくなる。カツ丼が草鞋食ってるみたいになった。草鞋食ったことないけど。
あと気づいたら体重が5kg減ってる。

あれ?これってやばい病気じゃない?白血病とか?と本気で不安になって地元の総合病院の内科へ。
血液検査と尿検査、動悸があるということで心電図検査を行う。
心電図検査は一日体に貼ってデータをとるもの。
しかしどの検査も全く異常なし。
原因がわからないのでリーゼ(だったと思う)が出される。
何の変化もなし。
次の診察でパキシルが出される。

当時はすでにネットも繋がっていたのであらかじめ薬を調べて飲んでいたのだけど、
思いっきり「抗うつ薬」と表示が。
いやー、何の知識もないけどうつ病じゃないだろー、、と思いつつ
夜にパキシルを飲んだら20分経たずに
全ての身体症状がピタリとおさまる。あれー。
翌日から多幸感まで出てくる。2週間くらいでおさまるけど。
その後の診察から同病院の精神神経科へと移動し、パキシルを飲む生活に。
先生に病名を聞いてもなんとも言えないらしく濁される。

精神的な症状は無しで22歳までそんな状況を維持しながら、
沸々と大学に行きたいと思いはじめ、東京一人暮らししつつ予備校に通うことに。
せっかくだから引っ越しして数カ月後に、病院を近くの中野に変えてみようと思い立った。
地元の病院から紹介状を貰い、予約して中野のクリニックへ。

紹介状には病名が「適応障害」とあった。
中野の医師は「適応障害なんて病気は無いよー。薬変えるから良くなるよ!」みたいなノリであった。
そんなもんか、と思いつつすべて医者に任せていた。素人だし。
また、当時パキシルについて悪評がとても多く、医者もあまり好きな薬では無いらしかったので
パキシルをやめて、別の薬に変えたのだけど、いまいち覚えていない。
おぼろげながら「セロクエル」と「ワイパックス」は飲んでたのを覚えている。
薬から考えると統合失調症と診断していたのだろうか?
たしかに人の視線が気になるとか言ってたし。(視線恐怖症的な意味合いで)

診察直後から2週間は何故かめちゃくちゃ元気になる。
予備校でも色んな人と話せるし、予備校に行くまで汗ダラッダラで体はクッタクタだったのに
あまり疲れないし汗もあまりかかなくなる。
しかし本の類は殆ど読めなくなる。
今思えば躁状態だったのかもしれない。

2週間位経つと、理由もなくものすごい激鬱が襲ってくる。ていうか希死念慮?
身体症状しかなかったので初めての精神的な症状だった。
中央線沿線に住んでいたのだけど線路に飛び込んだら楽だろうなと思ったり
山手通りで信号待ちしてる時に車突っ込んでこないかな、と思ったり。
この時期はあまりにもしんどかった。

その後何度か通院して薬がうつ病向けに変わる。
そこの医者は最低限量の投薬で効果的な薬を探す、という感じだったので
兎に角色々な抗うつ薬を最低限量で試していた。
三環系、四環系などだいたい試したけど、鬱々とした気持ちは変わらず。
結局一年持たずに実家に引き上げることになった。

それからしばらくは実家から月に一度か二度中野に通う生活。
なかなかよくならないのでしばらくして(記憶が曖昧)、病院も実家近くに変えることに。

(続く)
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